属性について

ある意味、どのような行為であっても、特定の人間のなす行為ということになるはずでしょう。しかしながら、法律の世界では、それが国家がなしたものと判断されるのかどうかというのが、最初に問題になります。これが、「属性」(attribution)といわれる問題です。

一般には、国家は、私人の行為それ自体については直接には国際責任を負わないと解されており、一方、どのような行為が、国家に帰属するのかという論点は、国家責任法理といわれています。

この点で従来の判断でもっとも代表的なものは、ニカラグア事件についての国際司法裁判所(ICJ)の事件です。

この事件において、ICJは、アメリカへの帰属が認められるか否かは「コントラのアメリカに対する関係が、コントラがアメリカの一機関または同政府に代わって行動するものとみなすことが正しいと言えるほど、法的に従属・支配の関係にあったか否かという問題である。」として「行為についてアメリカの法的責任を問うためには、原則として、アメリカが、主張される違反が犯された軍事的・準軍事的作戦に対し実効的支配を有していたことが証明されなければならない。」と述べている。国家の行為と認識されるには、法的に従属・支配の関係にあることを要すると解されています。

また、このような認識を前提とするものとして国連の国際法委員会(International Law Commission)による「国家責任条文草案(Draft Articles on Responsibility of States for Internationally Wrongful Acts with commentaries, 2001)」があります。この第8条は、「もし、私人またはそのグループが、行為をなすにあたり、実際に、国家の指示もしくはコントロールを受けている場合には、彼らの行為は、国家行為と考えられる」としています。

したがって、通常の場合には、サイバー攻撃を国家行為と認識する余地は、ほとんどないのではないかと考えていいでしょう。

しかしながら、911事件以降、テロリストのトレーニングキャンプの存在を認識していて、それを認容している場合に、それは、もはや国家が、関与しているということになるのではないかという議論がなされているのは、念頭においてもいいことかと思います。

It's only fair to share...Share on LinkedInTweet about this on TwitterShare on Facebook