ジョセフ・ナイ サイバーと倫理

読売新聞 2017年5月1日 一面には、ジョセフ・ナイ氏の「サイバーと倫理-国際紛争防ぐ規範必要」という記事(地球を読む)が掲載されています。

この記事は、その背景を知らないと正確に文脈を把握できないものであり、わが国においいては、この分野の研究者がほとんどいないこともあって、解説を試みたいと思います。

まず、論考は、サイバー空間を舞台とする紛争の増大を語ります。DNCハッキング事件、ウクライナの電力システムへの攻撃、スタックスネットが例としてあげられています。これらは、ポピュラーなものということもできますが、攻撃者は、だれか(アトリビューション)という観点からみるとき、国家責任が成立しうる攻撃があげられているということに留意が必要です。

次に、ミュンヘン安全保障会議におけるUN GGE(政府専門家会合)の補完目的での「サイバー空間安定化グローバル委員会」が設置されることにふれられています。

UN GGEの果たしてきた役割とともに、その限界にふれています。さらに、「規範は、本当に国の行動を制限できるのか」という根本的な問題にふれます。

ここで、規範とされているのは、サイバー規範(Cyber Norms)と思われます。規範は、そもそも国際関係において、「 ノームとは、あるアイデンティティを有している行為者の適切な行為の標準をいう」とされています。このサイバー規範は• 望ましい国家実行を支援する望ましいルール•一般に嫌悪されるものに基づいた拒絶ルールとして理解されています。具体的には•リスク低減• 一般の嫌悪• 国際法•共有される価値および利益• 組織的実行の複合したものととらえられているのです。

論考は、サイバー規範は、中国やロシアの提案する国際条約のみで語られるものではないとしています。これは、上記をもとにすれば、当然のことといえるでしょう。

さらに論考は、サイバー規範の議論は、核兵器の禁止、生物化学兵器の禁止などと同等のものとなる可能性を示しています。(「こうした規範的なタブーが将来、サイバーの領域にも適用されるかもしれない」という表現)

個人的には、この部分の表現は、禁欲的な表現であると認識しています。タリン2.0の議論をもとにすれば、サイバー規範のうち、国際法に関する部分は、相当程度、明確化されているということができると思います。確かに、国家の実行という観点からするときに、まだ、規範意識に十分に支えられていないということはいえるかもしれませんが、それが、規範として不十分だということになるとは思えないのです。

ただし、サイバー分野において、ナイ氏は、国際法の議論が、十分に煮詰まっていないことを指摘しています。具体的には、両用ツールの議論、インテリジェンスの違法性の議論をあげています。それゆえに、核管理のような訳にはいかないとしているのです。

こごで、ナイ氏は、「サイバー戦争をもっと効果的な規範で管理する方法は」と戦争という用語を用いています。これは、原文を読ませてもらいたいのですが、conflictの誤訳なのか、そのまま、warという用語を用いているのか、は、興味深いです。どちらにしても、サイバー攻撃の無差別攻撃の禁止やCSIRTへの活動の不干渉が紹介されています。

国家実行・外交交渉等によってサイバー規範が実際に確信をもって、実行されるというのを望む一方で、DNCハッキング事件を例に、「サイバー兵器管理の歩みは、依然、遅々としている」と述べています。個人的には、この事件において、ドメイン・レザメの議論がなされており、それについてナイ氏が「保護されるべき民間基盤」としてふれているのは、とてもおもしろいといえるでしょう。

 

 

 

 

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