EU 各国における個人情報保護制度に関する調査研究報告書

株式会社ITリサーチ・アートが、総務省より請負い、調査報告をなしました「EU 各国における個人情報保護制度に関する調査研究報告書」が公表されております
実際の調査は、宮下紘准教授、板倉陽一郎先生と私(高橋郁夫)とで、チームを組んで調査いたしました。

調査対表国は、ベルギー、ポーランド(以上、板倉先生)、アイルランド、イギリス、イタリア(以上、高橋)、ドイツ、フランス(宮下先生)になります。

調査事項は、公的部門に適用されるGDPR(内容と準備状況)と現時点における公的機関に対する運用状況になります。

学問の世界でも耐えうる調査研究成果を、国のインテリジェンスとして提供するというのが、当社のミッションですが、そのミッションに貢献することができたかと思います。上記調査対象国の報告書としては、もっとも、詳細で、わが国にとってもきわめて示唆的な報告書になったものと自負しております。

みなさまのお役に立てますと幸いです。

パーソナライズド・サービスに対する消費者選好に関する研究

プライバシーの実証分析に関して、わが国で、きわめて先端的な分析をされている高崎さんから、新しい論文のご紹介を受けました。
パーソナライズド・サービスに対する消費者選好に関する研究-プライバシー懸念の多様性に着目した実証分析」です。

米国における調査と比較したときにて、わが国では、全くといっていいほど注目されていない(無視されているといっていいほどの)「プライバシの実証的分析」という分野ですが、この分野に関するきわめて注目すべき論考です。

特徴としては、

(1)手法として、アンケート設問方式を採用していること、具体的なサービスの利用に関するおすすめにどのような要因が関連しているかを調査していること、いわゆるSEM(Structural Equation Modeling 構造方程式モデリング-共分散構造分析)によること

(2)結論として、

ア)過去の経験やリテラシー、利用者の個人属性が、プ ライバシー懸念3要因(潜在的不安、情報開示抵抗感、二次利用侵害懸念)に影響を及ぼしている。

イ)利用者のプライバシー懸念が利用者のサービス利 用意向に影響を与えている。その際、サービス利用 意向への影響度合いは利用するサービスの種別ご とに異なる。

という仮説が検証されています。

「プライバシーポ リシーの認知度は懸念の強さに影響を与えないこと」という興味深い説が、検証されているのも注目です。では、今の法規制はなんなの(ファンタジーだよね-「本研究はプライバシ ーポリシーが逆作用的に機能する場合」もあることを明らかにしています。EUは、プライバシ保護が、EC利用を推進させるとかいっているけど、証拠は反対だよね)というつっこみもできたりします。

(3)感想として

非常に興味深い論文です。これだけ刺激を与えてくれる論文はなかなかないのではないでしょうか。わが国でも、プライバシーの実証研究が盛んになるといいと思います。

ただし、自分としては、いわゆる質問紙法は、プライバシの研究に関して、限界が露呈するという立場です。高崎論文でも「プライバシ ーを巡る消費者選好は、サービス提供されているコン テキスト(場所、時間、利用シーン、制度環境等々) に大きく依存」といってますが、この利用された質問自体が、プライバシー懸念のサービスの受容に与える結論を先取りして、実際の行動/心理と離れる可能性があるのではないかと批判される可能性があるかと思います。

なので、さらに、コンジョイント法などで新たな枠組みを明らかにする余地が大きく残されているといえるかと思います。私も頑張りたいです。

実験手法に関していうと、むしろ、質問紙法としては、各サービスのおすすめ度を個人的には、被説明変数として、TAM的なモデルを作って、それにプライバシー懸念の与える影響を見ていくほうがしっくり来たりします。IPAでやった 「eID に対するセキュリティとプライバシ に関するリスク認知と受容の調査報告」の 方法になりますが。

(4)ちなみに

ちっと検索したら、 「パーソナルデータ利活用の個人の諾否に影響を与える要因に関する分析」は、プライバシーの分析にコンジョイントを利用する意向を表明していますし、私と岡田先生の論文とかを引用してくれたりします。興味深いです。実際の実験には、いたっていないようですが、成り行きが大注目です(ただし、このような実験の重要性は、なかなか理解されないのが悲しいですが)。

プライバシの値段

「プライバシー保護は別料金で – AT&Tが低額な光ファイバーサービスを提供」という記事が出ています。

プライバシが、他の契約条件とも比較考慮されるトレードオフの対象であることは、いうまでもありません。IPAの報告書岡田先生との論文は、その点をテーマにしています。

むしろ、契約(これならば、インターネット接続サービス)に付随する条件ということができるので、従たる条件として、通常は議論されないのに、プライバシの選択として独立にされているだけで、プライバシの重要性を示していると見ることができます。

あとは、この料金の設定の妥当性(そして、これは、その市場における競争によって是正される)、あと、デフォルト値をどうするのか(センシティブに対しては、オプトインにするべき)ということについての議論がなされることになるでしょう。それで、調整が図られることになるかと思います。

Contextといったときに、市場の競争状態までが影響するということが上の例でも見えてくるかと思います。するとプライバシ侵害感を緩和するのに、競争を活発にするのが有効という理屈になってきます。プライバシというのが、きちんと定義されていない証拠かもしれません。

グーグルの「市場独占」?

「政府が対グーグル戦略策定へ…市場独占に歯止め」という記事がでています。

検索市場の独占が問題なのか、それを梃子にしての広告市場の不当な独占なのか、検索市場の独占を利用してのプライバシの不当な買いたたきなのか、何が問題なのでしょうか。それの特定からはじめる必要があるかと思います。

「データ駆動型経済社会における競争政策を考える懇談会」が開催された、ということですが、これは、非公開なので、内容が不明です。きわめて残念ですね。この内容について取材していれば、もっと、この記事の意味がわかったのにと思います。(個人的には、この研究会のレベルが?なのかと懸念はしていますが)

90年代のマイクロソフトの事件の際にもはっきりしたのですが、競争の結果による独占自体は、悪ではないと考えるべきだと思われます。これを制約によって規制しようというのは、社会的に害悪になります。

ただ、意図的な独占を図る行為は規制すべきなので、広告市場に対して、検索市場の独占力を行使するのは、不当ですね。

あと、プライバシの買いたたきについては、プライバシポリシを独立させ、独立の取引項目とするべきとするだけで、十分な規制かと思います。そもそも消費者は買いたたかれても、買いたたかれているということを認知できないのですから。

Gは、ヴァリアンというトップの経済学者で、二面市場を活用しているので、素人さんが、戦ってもなあ、という感じでしょうか。

プライバシーはなぜ難しいか

IPAの報告書を書いたときに「プライバシーはなぜ難しいか」という論文を書きだしたことがあります。

基本的に認知が不可能であること、プライバシ情報は、主たる財の取引についての従たるものであること、取引をめぐる公正の概念が明確でないこと、などを書いたのですが、議論が煮詰まっていないとしてダメ出しを受けたのでお蔵入りしてしまいました。

そしたら、「プライバシーの自主管理と同意パラドックス
Privacy Self-Management and The Consent Paradox
Daniel J. Solove という議論が出ていることに気がつきました。

 

「当該モデルは余りに多くの障害に直面している。(1)人々はプライバシーポリシーを読まない。(2)たとえプライバシーポリシーを読んだとしても、彼らはそれを理解しない。(3)たとえ、それを読み、理解したとしても、十分情報を与えられた選択を行うに十分なバックグラウンドの知識をしばしば欠いている。(4)もし、人々がそれを読み、理解し、十分情報を与えられた選択をしえたとしても、彼らの選好を反映する選択をしばしば提供されえない。」
というのは、本当にそのとおりですね。
 

実証的考察という観点から、大変いい論文であると評価しています。

今書いたら、二番煎じといわれかねないですが、やっぱり、きちんと論じておくべきですね。

プライバシー パラドックス

当社は、従前から、プライバシの実証的な分析に注力してきています。

IPA 「eID に対するセキュリティとプライバシに関するリスク認知と受容の調査報告」

岡田仁志・高橋郁夫「コンジョイント方式によるプライバシー分析 -携帯電話電子マネーの位置情報の認知の実証的検証を例に-」

このような見地から、実証的なプライバシ論を提示するサマリがあります。

EMCのプライバシーインデックス エグゼクティブサマリは、

1 すべてが欲しいパラドックス

2 何もしないパラドックス

3 ソーシャル環境というパラドックス

の三つがあると分析しています。

この調査の発表は、2014年7月だそうです

学術的には、質問紙法での調査であり、トレードオフの実際を出すものとはいえないと考えていますが、問題点をきちんと分析している点は、評価すべきサマリかと思います。

ブログで触れられている時もありますね。「プライバシー・パラドックスとSNS利用」というブログで、アカデミックな文脈が、簡単に紹介されています。

一方、異なった意味で、「プライバシのパラドックス」という用語が使われることがあります。
「プライバシーのパラドックス: 尊重するほど多くの情報が手に入る」では、主体のプライバシを守れば、信頼が生まれ、たくさん利用してくれますよという意味で、このパラドックスという言葉を利用しています。EUのデータ保護論は、このようなスタンスを明確にすることも多いです。

ただし、実証的な分析からは、このようなデータは、得られない、具体的には、個人のプライバシが重要だと思う割合と、コンジョイント方式によって、得られる個人別のプライバシ要素に対する重要度は、相関関係にない、ということがいえます。学術的には、反証可能な論ということができるかもしれません。

 

ウォーレン&ブランダイス

このウォーレン・ブランダイスの「プライヴァシーの権利」を参考にするとき、私たちは、きわめて示唆に富む表現を見つけることができる。

それは、「コモン・ローは、各個人に対して、通常、自己の思想や感情をどの範囲で他人に表示すべきかを決定する権利を保障している。われわれの統治制度のもとでは、彼は自己の思想や感情の表明を強制されることは絶対にない(ただし、証人台に立った場合は別である)。そしてまた、たとえもし彼が、思想や感情を表明しようとする場合でも、彼は、一般に、それらに対してどの限度のパブリシティを与えるべきかを決定する権利を留保している。この権利の存在は、表明に用いられた特定の方法の間によって左右されるものではない。それが言葉によって表明されたか、あるいは記号によったか、絵画によったか、彫刻に、音楽に、いずれであるにしても、それは問題ではない。 この権利の存在はまた、思想や感情の性質や価値に左右されるものでもなければ、その表明の方法がすぐれているかどうかによって左右されるものでもない。たまたま書いた手紙や、日記の書き込みにも、またもっとも価値のある詩やエッセイにも、できそこないや下手くそな絵にもそして、傑作にも、同一の保護が与えられる」 というものである。

ここでは、各個人の思想・感情の保護が、核心であることが語られている。そして、その保護が、この意思伝達の権利を容貌や言葉、行為、交際関係に拡大しているところに、プライバシを護るための権利があるとしており、そのような法理の発展が必用であることを説いている。

情報処理の費用の著しい低下は、プライバシの問題を新しい時限で捉えなければならないかのように思わせる。

しかしながら、現代においても、ウォーレンとブランダイスの認識は、議論の出発点として重要な意義を有しているもと考えられる。現実に、「文明の進展につれて、知的および感情的な生活が緊張し、感覚・知覚がたかまってきたが、こういったことによって、物理的な事物に存するのは、人生の苦楽や利益のほんの一部分にしかすぎないことがあきらかになった」というのは、ブランダイスとウォーレンの言葉であるが 、そうといわれなければ、21世紀の情報社会が直面している問題を指し示した言葉とも考えられるのである。
 そもそも、プライバシとはなにか、そして、それが法的な制度として保護されているのは何故なのか、プライバシの保護のための仕組みがどのようにあるべきかという点について考えるときには、種々の見解から考えることが可能になる。そこで、その前に、プライバシ・データ保護の制度を大局的に把握しておくことにするのが効果的である。

プライバシーの多義性

プライバシについては、奇妙なことにサミュエル・ウォーレンとルイス・ブランダイスの「プライヴァシーの権利」に対する考察が考察においておおきな影響を与えたということについては共通の理解があるといえるでしょう。

また、客観的な事実としては欧州人権条約は、8条1項において、「プライベートと家族生活の尊重の権利(Right to respect for private and family life)」として「何人も、プライベートと家族生活、家庭と通信を尊重される権利を有する( Everyone has the right to respect for his private and family life, his home and his correspondence.)」であるとプライバシについて述べていることがあります。 このプライバシが、情報プライバシの観点から論じられるとき、「データプライバシ」の問題といわれることになり、若干、検討されるべき問題を広げて、データ保護の問題として意識されていることも当然の前提になっているということがいえます。

しかしながら、それ以降の現代社会において、どのようにとらえるべきかという点については、種々の見解があり、その論者によって、それぞれ見方が異なるといってもいい状態になっていてきわめて混乱しているということができるように思えます。

プライバシー考察の困難性 

インターネットをめぐる法律問題で、もっとも注目を浴びるのは、プライバシー問題。しかしながら、そのプライバシー問題に関する議論は、きわめて混乱しているということがいえるでしょう。そして、その傾向は、特にわが国で顕著なように思われます。

その原因を考えてみるのは、有意義かもしれません。

プライバシーの議論を困難にしているものを「原理的な理由」と「わが国固有の問題」とにわけて、描き出すことができるかもしれません。

原理的な理由というのは、プライバシーの多義性、プライバシー分析の多面的アプローチの不完全さ、プライバシーパラドックスをあげることができるでしょう。

わが国固有の問題については、世界的議論との比較の不十分さ、アプローチの狭小さ、トレードオフ概念の不十分さをあげることができるように思えます。